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武田信玄・上杉謙信の「川中島の戦い」名所案内 


■甲斐「武田信玄」と越後「上杉謙信」が北信濃の支配権を争い戦いを繰り広げた地
第4回「川中島の戦い」にスポットを当てご案内します!


【川中島の戦い 案内マップ】  地図上のポイントをクリックすると詳細情報が表示されます!


■「川中島の戦い」名所ご案内!

上杉軍の本陣:妻女山


上杉謙信が川中島の戦いで本陣を敷いた山。武田軍の海津城や善光寺平を望む視界が良好な場所に本陣を構えました。
展望台からは武田軍の動きが良く分かる場所。上杉軍の軍略の才の一端が垣間見れる場所です。
上杉軍が妻女山に布陣した際に、謙信が槍尻で突いたら水が出て陣用水としたといういわれがある「謙信槍尻の泉」も必見!

武田軍の城:海津城(現松代城)


武田信玄が軍師である山本勘助に命じて築かせた城。武田軍の代表的な城で千曲川を天然の守りとした。
第4回川中島の戦いの際に武田信玄が入城、八幡原に本陣を敷く前までここで軍略を練った。

雨宮の渡し


武田軍の軍師「山本勘助」が発案した[啄木鳥の戦法]を、妻女山に陣取る上杉軍が察知。夜半に妻女山を下り、この渡し場を秘かに越えて武田信玄の本陣に突撃したとされている。「鞭声粛々夜河~」で始まる詩は、幕末の儒学者、頼山陽の「川中島(題不識庵撃幾山図)」の漢詩により有名になりました。

川中島古戦場 史跡公園 


川中島の戦いで激戦が行われた場所。武田軍が、この前で討ち取った敵将兵の首実検を行い、勝鬨を上げたとされる八幡社境内や、武田信玄・上杉謙信が一騎打ちを行ったとされる「三太刀七太刀の跡」「執念の石」など、当時の激戦を物語る史跡が数多く残っています。

典厩寺


武田信玄の弟・武田信繁の墓。合戦から60年後、松代藩主真田信之が信繁の官職「左馬助(さまのすけ)」の唐名「典厩」から寺号を典厩寺と改めて菩提を弔った。本堂の左手には自然石の墓があり、落命した甲越両軍戦死者の弔魂碑もあります。

胴合橋


「啄木鳥の戦法」を見破られて戦死した山本勘助の首を上杉軍の手から取り戻した家臣たちが首に合う胴体を捜し出して?ぎ合わせ場所だといわれています。また、このエピソードは勘助ではなく、武田信繁のものだともいわれています。

信玄・謙信の一騎打ち


第4回川中島の戦いのクライマックスでもある「信玄と謙信の一騎打ち」。武田軍の本陣が敷かれている八幡原で謙信が振り下ろした刀を、信玄の持っている軍配で受ける姿は誰もが知っている場面です。

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